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選択とは?


[ 320] 選択
[引用サイト]  http://www.sentaku.co.jp/keisai/zenbun.htm



今度の改造内閣は、何のために作られたのか。すでに「美しい国」も「戦後レジームからの脱却」も「憲法改正」も封印された。首相・安倍晋三には、もはや自分の手で成し遂げるべきテーマが残っていない。しかし、政策課題はなくても、新内閣の政治目標ははっきりしている。安倍から自民党幹事長・麻生太郎へ、民主党代表・小沢一郎に介入の隙を与えず、いかに政権をバトンタッチするか。ご祝儀で多少支持率は上がっても、これは前例のない「禅譲準備内閣」である。
そもそもそれが、「安倍続投宣言」の意味だった。マスコミは注目しなかったが、改造の一週間前、前自民党幹事長・中川秀直がテレビ司会者の田原総一朗を相手に、ちらりと漏らしている。一カ月前、参院選投開票日(七月二十九日)の夕刻、元首相・森喜朗、前自民党参院議員会長・青木幹雄とホテルで密談した後、中川が代表して首相公邸に乗り込んだ時のやり取りだ。
中川「いやいや、総理は『自分は何も政権にしがみつくつもりはない。ただ、この参院選結果を受けて辞めるというわけにはいかない』とおっしゃったんです。だから、私が『進むも退くも茨の道ですね』と」
つまり、安倍はとうに辞める覚悟でいる。ただ、何とか首相再登板の芽を残した「名誉ある退陣」の道筋を作ろうとあがいている。そのための改造内閣なのであり、自民党の続投容認も、あくまでその限りでの話だ。
宣言のわずか五日後、森・青木・中川の「密談」が新聞各紙一面に一斉に載った。三人は安倍の退陣が不可避で、元官房長官・福田康夫の暫定政権が望ましいとの意見で一致していたというのだ。誰もこの報道を否定しない。党側の続投容認は、あくまで期限・条件付きであることを、世の中に周知しておくためのリークだったからだ。
安倍が自らの「鑑《かがみ》」と仰ぐ祖父、元首相・岸信介は、日米安保条約改定の自然承認から四日後に退陣を表明した。後に「あっさりしすぎていた。政治家は地位に恋々とかじりつく必要がある」と悔いてもいるが、一方で「ボクがその後も二十年以上、影響力を残せたのは、あの時さっさと辞めたからだよ」とも語っている。
岸のこうした足跡を、安倍が強く意識していることは間違いない。とするなら、岸の安保改定とは比べものにならないが、これから先、安倍が辞め時を選ぶテーマとタイミングは、日米同盟堅持の意義を前面に押し出したテロ対策特別措置法の期限延長(今秋)、二〇〇八年度予算成立(来春)、洞爺湖サミット(来夏)のいずれかになろう。すなわち長く持って余命一年。仕事はどれも残務整理でしかない。
もちろんこれは、安倍の手前勝手な願望であり、不確定要素はいくらでも展開を変える。早くも臨時国会開会に合わせて、安倍本人に関するカネやプライバシーのスキャンダルを表沙汰にする動きがある。この間、官邸が入閣候補者たちの身体検査以上に対応に追われていたのは、実はこちらの問題だった。こうなると、安倍がいくら「名誉ある退陣」を装っても、実相は「後継指名を演出した事実上の野垂れ死に」に近い。
実際、今度の内閣改造で、安倍はもはや人事権を半ばもがれていた。自民党九派閥のうち五派閥もの会長が、閣僚か党三役に就任した異常事態は、そのことを物語る。政治とカネをめぐる「身体検査」で、候補者が限られただけではない。「本家の当主」があまり頼りないので、「親戚中の伯父」が本家に上がりこんできたようなものだ。
就任会見で、財務相・額賀福志郎は「安倍さんを支えるために大臣になったわけじゃない」と公言。初入閣の農水相・遠藤武彦すら「最後まで残ったポストが割り振られた。参ったな、ここだけは来ない方がよかったな」と言い放った。初めから閣内に「泥舟」意識が蔓延している。
それにしても、安倍・麻生関係(本誌六月号で既報の「AAライン」)の機微は、これからの政権運営で最大のカギになるにもかかわらず、あまりその実態が知られていない。参院選投開票日の夕刻、中川秀直が公邸を訪ねようと電話を入れた時も、すでに安倍と麻生が二人で会っていた。マスコミ報道では、そこで麻生が安倍の続投を支持したと伝えられるが、実は参院選公示(七月十二日)の一週間も前、安倍は閣議の後、官邸の執務室に麻生を呼んで、「たとえ負けても辞めない。支えて欲しい」と重大な心中を明かし、麻生も同意していた。ただの関係ではない。
今年二月以来、安倍と麻生はたびたび深夜の公邸で密会を重ねているが、いずれも安倍が電話で「ちょっと話しに来ませんか」と招いている。投開票日も午前中に安倍が麻生に「お越しいただきたい」と声を掛けた。安倍にとって麻生は、「何としても福田政権だけは阻止したい」という感情から打算した単なる政治上のつながりを超え、個人的な心の支えと言っていい。
二人は遠縁に当たる。安倍の祖父、元首相・岸信介の従兄弟が、麻生の祖父、元首相・吉田茂の長女(麻生和子の姉)と結婚していた。しかし、二人の直接の付き合いは、互いの母親同士から始まったという。麻生の母・和子も、安倍の母・洋子も、戦後政治の大物首相だった父親に「男」として惚れ、傍で政界中枢の魔力に肌身で触れてきた「女性版ポリティカル・アニマル」である。互いの匂いに惹かれ合い、馬が合った。安倍と麻生が祖先神のように仰ぎ見る祖父の像も、擬似恋愛にも似た「父と娘」の密着関係というフィルターを介して形成された。
そうした安倍と麻生の絆は、例えて言うなら華族社会の従兄弟同士、母親同士が仲良しなお坊ちゃん学校の上級生と下級生のようなものか。安倍五十二歳、麻生六十六歳。誕生日が一日違い(麻生九月二十日、安倍同二十一日)で、歳の差十四。麻生は首相になる前の安倍を「おい、シンゾウ」と呼び捨てにし、安倍もそれを自然に受け入れていた。麻生は内輪で還暦過ぎても「タロちゃん」とお坊ちゃま丸出しの愛称で呼ばれる。どちらも三代にわたる特権階級の血筋が絡み合って今日、政界の中心にある。世襲議員の多い永田町でも、特異な肌合いがこれだけ重なり合う間柄は稀だ。安倍の麻生に対する信頼、時に不可解なほどの従順さは、政治の論理とは別のこうした階級的心情に依拠している。
だが、それを「AAライン」ともっともらしく称揚しても、どこか「王朝ごっこ」か「宮廷あそび」の気分は抜けない。麻生は所詮、自民党の弱小派閥(十六人、他は高村派、谷垣派、二階派の各十五人)を率いる弱小幹事長に過ぎず、落ち目の安倍の実権を麻生が分有するようになっても、それで政権に活路が開けるわけではない。麻生にとって、この禅譲準備期間は、幹事長ポストを最大限生かして麻生派の勢力をどこまで拡大できるかに尽きる。狙いは、古賀派(四十六人)への派閥M&Aによる「中・宏池会(旧宮澤派)」構想の実現なのだが……。
さて、「名誉ある退陣・麻生禅譲」を狙っても、行き詰まれば安倍首相は衆院解散・総選挙に打って出るだろう、という観測が広く存在する。いわゆる「追い込まれ解散」だが、これもまた政治の実態に即した見方とは言えない。なぜなら人事権のみならず、安倍首相はすでに解散権を事実上、掌握していないとも言えるからだ。
そもそも「追い込まれ解散」とは何か。戦後二十一回あった衆院解散のうち、首相が受け身の立場で大権発動に踏み切らざるを得なかったのは、▽一九五三年の「バカヤロー解散」(吉田内閣)▽八〇年の「ハプニング解散」(大平正芳内閣)▽八三年の「田中判決解散」(中曽根康弘内閣)▽九三年の「政治改革解散」(宮澤喜一内閣)??の四つだけだ。しかも、国会の混乱で衆参両院議長があっせんした「田中判決解散」を除く三つは、内閣不信任案が可決し、対抗手段として行われた。
留意しなければならないのは、過去の内閣不信任案の可決が、すべて自民党内の主流派・反主流派が抗争をエスカレートさせた結果だった点である。不信任案は野党が提出し、自民党内の賛成派は野党と同一歩調を取るため、表面上は与野党対決の結果のように見えるが、史実は異なる。自民党が分裂しない限り内閣不信任案は可決されず、そうならなければ「追い込まれ解散」は起きない。現在、自公連立与党は圧倒的多数を制しており、党内対立もなく、内閣不信任案が可決される可能性は皆無である。
「追い込む」べき側の野党の事情もある。「一日も早く国民の信を問え」というタテマエはともかく、民主党は与野党逆転した参院の混乱をテコに衆院を早期解散に追い込もうとしているとの説明は事実でない。参院選の経過を思い出してみよう。小沢は元々、格差問題を争点に構えたのに、図らずも年金・閣僚の失言・政治とカネの問題が重なって思いがけない追い風が吹いた。格差問題だけだったら、ここまで大勝はしていない。同じように、たとえ衆院を解散に追い込んでも、争点つくりは水物だ。
おまけに衆院の巨大与党は現在、三百三十七議席を占める。九十六議席も減らさないと過半数割れには追い込めない。仮に過半数割れに追い込めなければ、政権交代は起きず、小沢の政治生命は終わり、逆に民主党が分解の危機に瀕するだろう。
失敗は許されない以上、絶対に勝てる見込みが立たない限り、解散に追い込むのは民主党にとってリスクが大きすぎるのが実情なのだ。候補者がそろっていないといったレベルの問題ではない。
翻って与党側も、「負け犬の相」が刻まれた安倍の顔で総選挙を戦う気はさらさらない。解散とは日本全体のリセット・ボタンのようなものだ。相応の力のある首相だけに打てるのであり、法律に権能が定められているからといって、いつでも誰でも発動できるものではない。人事すら与党に配慮せざるを得ない今の安倍に、「あなたの顔で選挙は戦えない」という与党内の大勢に抗してまで日本全体をリセットする力はもはやない。逆に、麻生とは限らず新しい首相に代わったなら、半年以内に総選挙は行われるだろう。

 

[ 321] 選択 -雑誌のネット書店 Fujisan.co.jp
[引用サイト]  http://www.fujisan.co.jp/Product/1281679590/



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2007年10月31日

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